無名20年、そして代替不可能な俳優になるまで。イ・ソンミンのストーリー

Netflixオリジナルシリーズ『チャム教育(参教育)』で、教権保護局を創設した教育部長官「チェ・ガンソク」を貫禄たっぷりに演じた俳優イ・ソンミン。『南山の部長たち』『財閥家の末息子』などで見せた圧倒的な存在感から、最初から順風満帆だったように思われがちですが、実は彼、デビュー後なんと20年以上も無名時代を過ごした俳優なんです。彼が歩んできた長い長い下積み時代を紹介します。
🎈 山里の少年、演劇に夢中になる
1968年、慶尚北道奉化(ポンファ)の山里で生まれたイ・ソンミンは、ごく普通の田舎の青年でした。ところが高校時代、市民会館で団体鑑賞した一本の演劇が彼の人生を完全に変えてしまいます。演技に魅了された彼は中央大学演劇映画科への進学を志願しますが、父親はその場で入学願書を破り捨てるほど激しく反対したそうです。結局、彼は俳優の夢を一旦諦めざるを得ませんでした。

でも運命は再び彼を呼び戻します。浪人時代、偶然目に入った「劇団員募集」のポスターを見て、20歳のイ・ソンミンはすぐさま劇団を訪ねました。大学進学の夢はあっさりと手放し、彼は完全に俳優の道へ飛び込むことになります。
🎈大邱で10年、ソウルで10年。20年間の無名生活
その後イ・ソンミンは大邱の演劇界で約10年、ソウルに上京してからさらに10年間、無名俳優として過ごします。ソウルに上京したのが35歳だったという事実だけを見ても、どれほど長い間、無名時代を耐え抜いたかが伺えます。

彼が振り返る20代の日々は、まさに壮絶そのものでした。あるインタビューで彼は「安月給のワンルームでお腹を空かせて、悲しくて泣いていた。田舎から出てきたから友達もいなかった。本当にお金がなくて、バス代すらなくて歩いて移動していた。毎日ラーメンばかり食べて、あまりに飽きてコーヒーフレッシュやマーガリン、お粥まで食べてみた」と打ち明けています。あまりにも辛くて、故郷に戻ったこともあったそうです。無名時代、ガス代すら払えないほどの生活苦に苦しんでいたというエピソードもよく知られています。
それでも彼は諦めませんでした。映画やドラマで端役や脇役を問わず引き受けながら、少しずつフィルモグラフィーを積み重ねていきました。KBSの大河ドラマ『大王世宗』の学士チェ・マルリ役、映画『ゴーゴー70』、『不当取引』の部長検事役などがその時代の代表作です。特にチェ・マルリ役は、後に彼が「今まで演じた中で一番愛着があり、一番苦労し、一番悩み抜いたキャラクター」と語るほど、重要な瞬間でした。
🎈デビュー25年目にして初主演、そして代替不可能な俳優へ
諦めずに黙々と歩み続けた末、イ・ソンミンはドラマ『ゴールデンタイム』でデビュー25年目にしてついに初主演を果たします。その後2014年、tvNドラマ『ミセン-未生-』でオ・サンシク役を演じ、「まるで漫画からそのまま飛び出してきたようだ」と絶賛され、大衆的な知名度を確実なものにしました。翌2015年には百想芸術大賞テレビ部門の男優最優秀演技賞を受賞しています。

それ以降はまさに破竹の勢いでした。『南山の部長たち』『リメンバー』『ソウルの春』『財閥家の末息子』など、話題作で濃厚な存在感を残し、今や名前だけで信頼を与える俳優になりました。特に慶尚道訛りのキャラクターを演じると爆発的な演技力を見せることで有名ですが、これは彼がソウルに上京した年齢が35歳と比較的遅かったことが関係しているとも言われています。
🎈 『チャム教育』のチェ・ガンソク、揺るぎないカリスマの頂点
こうした彼の人生ストーリーを知った上で改めて『チャム教育』を見返すと、教育回復の問題について「一歩も譲らない姿を見せたかった」という彼のインタビューが、より一層重く響いてきます。20年を超える無名の時間を耐え抜いた人だけが見せられる揺るぎなさが、チェ・ガンソクというキャラクターにもそのまま滲み出ているように感じられます。
本人は「生まれ変わっても俳優という職業は選ばない」と語るほど過酷な時代でしたが、その長い忍耐の時間があったからこそ、今のイ・ソンミンがあるのではないでしょうか。20歳の青年が偶然出会った一枚のポスターから始まった物語が、今日、韓国を代表する俳優のストーリーになったのです。
0 件のコメント:
コメントを投稿