【エージェント・キム:リアクティベーティッド】名台詞BEST5、実際の日本語字幕ではこう訳されていた
【エージェント・キム:リアクティベーティッド】名台詞BEST5、実際の日本語字幕ではこう訳されていた
Netflixで配信中の韓国ドラマ「エージェント・キム:リアクティベーティッド」(韓国原題:김부장/キムブジャン)。
今回は、このドラマの中で印象的だったセリフを5つ選んで、実際にNetflixの日本語字幕でどう訳されていたのかを確認しながら、韓国と日本の感覚の違いについて、私なりに考えてみました。
① 아빠 왔다(アッパ ワッタ)→ 字幕:「ミンジ、ただいま」
主人公が一番好きなセリフとして、本人が直接選んだそうです。
これ、最初「父さん、帰ってきたぞ」くらいの直訳になるのかなと思っていたんですが、やっぱり「ただいま」でした。
私も、仕事を終えて家に帰ってきたとき、たまに「아빠 왔다〜」って自分から声に出したりします。その声を聞いて、愛する家族が玄関まで出てきて迎えてくれたら——その瞬間、一日の疲れがふっと軽くなるんです。
直訳したら日本語だとちょっと不自然になりそうなところを、日本人が普段使う「ただいま」に置き換えてくれた翻訳、当然だと思います。逆に言うと、韓国語の「아빠 왔다」って、家族に向けて自分の帰宅を声に出して知らせる、ちょっと独特な言い方なのかもしれません。
② 아빠가 나한테 얼마나 소중한 사람인데(アッパガ ナハンテ オルマナ ソジュンハン サラミンデ)→ 字幕:「お父さんが私にとって大事な人なの」
娘が父親への気持ちを口に出す場面のセリフです。
韓国では、10年くらい前から、親にこういう言葉を伝える人が増えてきたんですよね。一方、これは私の勝手なイメージかもしれませんが、日本では家族に「大事」って、そこまで言葉にしない印象があります。気持ちを察し合う文化が根強くて、言葉にすると照れくさかったり、逆に重く感じてしまう方も多いんじゃないかな、と勝手に推測しています。結婚式の手紙まで気持ちを取っておく、っていう話を聞いたことがありますが、それもきっとそういう文化の表れなんだろうなと思います。
もしそうだとしたら、伝えるのが遅くなればなるほど、親が「自分ってこんなふうに思われてたんだ」って幸せを感じられる時間は、それだけ短くなっちゃう気がするんです。今伝えれば、今からその幸せな時間が始まる。言葉にしないと、相手には本当に伝わらないんじゃないかな、って私は思います。
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③ 이제 우리 얼굴 좀 자주 보고 살자(イジェ ウリ オルグル チョム チャジュ ポゴ サルジャ)→ 字幕:「もっと頻繁に会おう」
韓国では、久しぶりに会う相手にこの言葉、かなりよく使われている印象があります。日本にも似た表現はあると思うんですが、日本ではあまり使われていない感じがしますね。日本のドラマで「また会おうね」っていうセリフはよく見かけるんですが、こういう言い方は見たことがない気がします。
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④ 우리는 그냥 안경 쓴 아저씨야(ウリヌン クニャン アンギョン スン アジョシヤ)→ 字幕:「眼鏡をかけた、ただの、おじさんだ」
俳優さんのアドリブから生まれて、今ではこの作品を代表するセリフになったそうです。
字幕では「俺たちは」っていう主語がそもそも省略されていて、「眼鏡をかけた、ただの、おじさんだ」ってすごく短く、リズムよくまとめられていました。日本語って主語を省略しても伝わる言語だから、こういう短くて余韻が残る訳し方ができるのかな、と個人的に感心しています。
韓国では中年男性のことを「アジョシ」って呼ぶんですが、実はこの呼び方、韓国の男性は20代のうちからもう慣れっこになっている人が多いんですよね。理由の一つは、たぶん兵役。韓国の男性は20代前半で軍隊に入るんですが、義務服役中の一般兵士同士だと、他部隊の軍人を階級や年齢関係なく「アジョシ」って呼ぶ、なんとなくの決まりみたいなものがあるんです。例えば陸軍の二等兵が空軍の兵長に会っても「アジョシ」。本当は階級としては空軍の兵長の方が上なんですけど、部隊が違えば指揮系統も違うので、こう呼び合うんですよね(ちなみに将校の場合は、部隊が違っても階級通りに呼び合います)。
だから韓国の男性って、20代から「アジョシ」呼ばわりされても、実はそんなに気にしない人が多いと思います。ただ、同世代くらいの女性から「아저씨」って言われたら、さすがに心にちょっと傷を負うかもしれません😉
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⑤ 난 네 형을 살리지 못했다(ナン ネ ヒョンウル サルリジ モテッタ)→ 字幕:「お前の兄貴を救えなかった」
このセリフは、最終話(10話)でキム・ブジャン(ソ・ジソプ)がパク・カンソン(キム・ソンギュ)に向かって言う言葉です。パク・カンソンが、兄パク・ヨングァンの死についてキム・ブジャンを問い詰めたとき、キム・ブジャンは言い訳をせず、こう答えます。
字幕は「兄貴」「救えなかった」という、すごく硬派でストレートな訳になっていました。私は最初「守れなかった」くらいのニュアンスかなと予想していたんですが、実際に選ばれたのは「救えなかった」。これ、韓国語の「살리지 못했다」が持ってるニュアンスとかなり近いと思います。「지키지 못했다(守れなかった)」だと「守ろうとしたけど失敗した」くらいの意味ですが、「살리지 못했다」には「俺が守っていれば、今頃生きていたはずなのに、それをしてやれなかった」っていう、もう一段階自分を責める気持ちが込められているんですよね。「救えなかった」も、同じように「命を救う機会があったのに、それができなかった」という自責のニュアンスがちゃんと出ていて、いい訳だなと思いました。
こうやって見てみると、韓国語のセリフをそのまま直訳したものと、実際にプロの翻訳者が選んだ言葉には、けっこう違いがあるんだなと実感しました。特に①と④は、私が勝手に想像していた訳よりも、ずっと自然で、日本語らしいリズムになっていて勉強になりました。同じ「家族」がテーマのセリフでも、韓国と日本では言葉にする距離感や、自分を責める言い方の強さが、ちょっとずつ違うのかもしれません。あくまで韓国に住む一個人の勝手な予想なので、実際はどうなのか、日本の皆さんの感覚もぜひコメントで教えてください。
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